徳永まさひろ 論考・論策

日本学術会議と国会論戦

2020年10月26日から臨時国会がスタートして、いよいよ菅政権と本格的に議論を交わす時が来た。
安倍政権から禅譲のような形で引き継いだ菅政権は、独自性を出そうと必死で国民受けする話題を取り上げているが、携帯電話の値下げも、2050年に二酸化炭素排出ゼロ宣言も、今に始まった話ではなく、海外の先進国ではすでに取り組んでいる政治課題である。
7年8か月も官房長官に着任していて、そのことを実現できなかったことをまず謝るべきではないかと思う。
本来首相に着任して、最初の所信表明は、戦後処理をいまだに終えることができていない日本の将来構想を、どのように考えているのか。平和外交とはいかなんるものか。民主主義の基本原則をどのように考え、民主主義の危機と言われる現在の国際社会の動向をどのように見ているのか、また日本の国家像を最終的にどのような方向にもっていこうとするのか。
少子高齢化で先細りの国家の成長をどうすれば成し遂げられるのか。
今回の本会議での総理の答弁を聞いていると、もっと本質的な論議を展開すべきにもかかわらず、実利ばかりを主張している道化師のように思えてない。
典型的なのが今回の日本学術会議の任命権者としての自覚である。名簿を見ていないと言いながら、代表質問の答弁では、大学や年齢、または男女間に不公平感があると言いながら、結局は自分の都合の悪い論陣を張るメンバーを嫌っているだけの利己主義な人事である。そこには何の正義もない。権力を持てば何でもできると思っている。まさしく世界で蔓延しつつある国家主義的な考え方である。
そのためには憲法解釈も簡単に変えてしまうほど、恐ろしいほどの能天気な性格である。
このあとに続くのが、人類の歴史が繰り返してきた悪しき権力の錯乱による戦争の歴史である。
衆議院の任期が終了するまでにすでに1年を切っている。いつ総選挙が行われてもおかしくない状況である。
今こそ国民は、戦争の歴史の教訓から誕生した理想の平和憲法を、しっかり守る政治を選択すべきである。
この時機を逸してしまえば、また簡単に公文書を隠蔽や改ざんをして、国民を愚弄する政治が展開され、そのあとに恐ろしいほどの付けが国民に回ってくると思われる。
今こそ監視の目を光らせて、真の政治を確立するために立ち上がる時ではないでしょうか。
最後に私の好きな論語の一節を紹介します。
子曰く、その鬼にあらずして之を祭るは諂いなり。義を見て為さざるは勇なきなり。
ごまかしのない正義を求めて、ひねくれた政治の風を一新しましょう。

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