徳永まさひろ 論考・論策

新しい民主政治の幕開け

7月21日、衆議院がやっと解散した。8月18日公示、8月30日投開票という日程が決まり、いよいよ政権交代の歴史的意義のある戦いが始まった。1868年の明治政府誕生から140年間続いてきた官僚中心の中央集権体制が、国民主権の地方主権体制に変換できるかどうかの歴史的使命を帯びた戦いでもある。

1603年、江戸幕府開府以来265年に渡って続いてきた日本の政治風土は、現在の生かさず殺さずの下請け会社に対する管理システムに似ていた。それぞれの藩が自立して経営をするも、幕府(親会社)が適度に利益を搾取して、勢力の均衡を図ってきた。しかし、その統治体制を維持するためには、国家の平和維持と適度な競争原理が機能してなくてはならなかった。

ところが、1853年のペリーの黒船来航は、平和への概念を一国の平和から世界の中における日本というグローバルな概念に変化させ、過度の競争原理を強いることになった。したがって、慌てふためいた国民は、権力と富の集中により、脱亜入欧、富国強兵を選択し、日本の伝統的「間」の文化を一蹴し、経済富国闘争の歴史を展開してきた。本来なら「急がば回れ」の格言の如く、立ち止まる勇気と余裕があれば、今日の状況はまた変わっていたかもしれないと思われる。

戦後の経済成長もまたしかりである。敗戦国からの脱皮には、強引な権力の集中も過度の競争原理も、一時期必要なことでもあり、自民党のバックボ―ンである政官財の癒着構造も必要悪のところがあった。しかし明治と戦後の昭和には国家形成の戦略に大きな違いがある。それは、明治時代はまだ西欧諸国の政治経済の状況を、咀嚼しながら受け入れたのに対して、戦後はアメリカ一辺倒の社会体制を踏襲するしかなかった点である。その結果、日本人としての自立した考え方は進歩せず、日本の伝統的生活文化を無視した、アメリカイズムがすべてを支配していた。

そこで最も影響を受けたのが、日本の政治戦略である。「和」を尊ぶ日本本来の政治風土からするとアメリカの強引な弱肉強食の価値観は、安全保障や政治経済システム、生活文化や芸術振興まで、日本の政治選択を左右してきた。そこには日本国としての自立した価値観を背景に、たとえ経済大国として歓迎を受けても、世界各国との政治的対等な付き合いは許されていなかったと思われる。

今回の衆議院総選挙は、まさしく日本の自立、国民主権の権利を確立する大事な選挙である。特にインターネットの普及により、世界の情報が瞬時に入手できる時代において、黒船来航時の衝撃よりも数千倍も驚嘆する世界の変化が存在する。しかしそんな時代だからこそ、日本が確固たる国家観を持ち、世界唯一の被爆国として日本独自の安全保障戦略を持ち、日本の伝統的平和思想である、「和」を尊ぶ政治システムの確立が必要なのである。

民主党による政権交代は、まさしく日本の新しい民主政治の幕開けである。

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