安保関連法案成立の行方
9月19日未明、戦後70年という節目の年に、日本の安全保障政策を大転換する法律が強行採決されましたた。
名前こそ「平和安全法制関連法案」と政府は読んでいますが、戦後70年間守ってきた、日本が他の先進国の安全保障政策と唯一違った政策をとして、集団的自衛権の権利はあるものの行使できないという、専守防衛の論理を覆してしまいました。言葉では限定的とはいえ、集団的自衛権の行使を認めたことは、政府与党がいう、果たして日本の平和を保つ方策になるのでしょうか。私は少なくともそうは思いません。
そのことを理解する言葉として、政府が今回法案提出の理由に挙げていた「抑止力」の考え方にあると思います。
安全保障上の「抑止力」の理論は、戦争の抑止力が軍隊そのものをさすとすれば、軍事力の弱い国が強い国に攻められるということになり、軍事力の均衡を常に保つ必要があります。米ソの軍拡競争が最たるものでした。そしてそのことは今回の法案の賛成者の多くは、世界の常識であるといいます。
しかし、力の均衡理論は、結果として、人類の長い歴史が語っているように、軍拡競争により戦争の原因にならざるを得ない状況証拠をたくさん作ってきたのではないでしょうか。そこから人類は多くの歴史の教訓知ったのではなかったのでしょうか。
よく日本はアメリカの核の傘のもと守られてきたので、日本国憲法の平和主義が保障されていた、極東の安全保障も日米同盟の賜物で国防費が少なくて済んだのはアメリカのおかげだ、と言われます。しかし私は、逆に平和憲法が盾になっていたからこそ、世界の平和の本当の意味を語れる唯一の国ともいえたと思います。
それが敗戦国として、戦争の悲惨さを仕掛けた人々からも、戦争に悲惨さに犠牲になった人々からも、戦争のない世界にするために、唯一の被爆国の立場からも大いに訴えることができ、またそのことで世界の国々から信頼を得ていたとも思っています。
今回の強行採決は、戦後日本が大事にも守ってきた、外交による平和構築の意味を、世界の国々との信頼関係を大きく喪失するものとなりました。
もう一つ大きな問題は、法案採決までのプロセスです。憲法違反とまで専門家の間で言われ法案審議にかける時間もやり方も、全く立憲主義、民主主義に相反する一方的なやり方で、参議院では質問時間を制限する動議まで出すという前代未聞のことをやってしまいました。少なくとも間接民主主義で立法府に所属する衆参の国会議員に有権者はその思いを託している以上、審議は国民が納得いくまで時間をかけるべきです。今日まで、消費税の議論も、安全保障の議論も、最後には結論を出すにしても十分時間をかけてきました。
特に今回は、憲法解釈を変える大変な判断をゆだねるわです。
最早日本の政治のレベルは大きく後退してしまいました。情けない限りです。
そしてもっと情けないのが、公明党の判断です。公明党は地方政治でも自民党と一緒になって役人に寄り添うことをよくやります。その分人事や陳情処理で大目に見てもらっている現実があります。
私は昭和60年から公明党の都議会議員の秘書として、そんな現場をよく見ていました。その後公明党を解党して、新進党、自由党、民主党と私自身は政党を結果として変わってきましたが(公明党として一回も選挙はしていません)、そこには強い信念があります。それは国民の生活者の味方になる政治、権力者やお金持ちだけが恩恵を受ける政治ではなく、平和で庶民の気持ちがわかる政治を心掛けてきました。過去の公明党はその原点を持っていました。
しかし今回の政府与党として全く持って自民党の補完勢力になった姿を見る限り、残念でなりません。
もう一度国政における政治家の行動は、地方政治とまた違う、国家の存亡をかけた重要な使命を担っていることを考えるべきです。もっと慎重になるべきです。
50歳になって波乱万丈の人生を送られた母を見送り、高校2年の時に再婚した義理の父をこの7月に見送りました。子供たちも二人は就職して、あと一人大学2年の息子がいますが、今年54歳になり、妻が50歳になる時、そろそろ政治の総決算をしなくては、日本が本当にだめになると思い始めました。
皆さんと一緒にあきらめずに、平和な世界なかんずく日本の国の在り方をもう一度問うてみたいと思います。